読み応えがすごい、この一言に尽きます。
私は本件について全く当事者性がないし、戦後史の1ページとしてしか向き合いようがないのですが、いろんな意味でただただ悲しくなりますね。
当時の北朝鮮に「帰国」した人たちの多くは38度線より南、今の韓国の領土にあたる地域の出身の方が多かったようですが、それでも北朝鮮に向かおうと思うくらいに「望郷」の念があった人、日本での暮らしに肩身の狭さを感じていた人もいたようです。もっとも、そのような人ばかりでもなく、日本での生活に適応していたけども家族の意向でとか、朝鮮総連の喧伝(医療や学業の無償化など、いわゆる地上の楽園的なもの)を信用してそういうことなら、といった感じで彼の地へ向かった人も多かったようです。そしてその全員が北朝鮮・清津港に着いた瞬間にあまりの生活水準の低さに北朝鮮行きを後悔したと言うのだからすごい話です...。そしてその間違いだったという判断はその後一度も覆ることなく北朝鮮での日々は過ぎていき、そこで生涯を終える人も、脱北する人も出てくるわけです。
北朝鮮の領土は北部を中心に山がちで、居住や農作業に適した土地がさほど多くないように見えます。有名な農作物があるとも聞かないですし、石油やゴールド、ダイヤモンドなどの外貨に替えられる金目の資源にも恵まれていません。韓国と比べても海岸線が短く、海洋資源に恵まれているわけでもありません。近隣諸国と比べて地政学的にかなり不利な条件にあると思います。
平壌は北京から一番近い外国の首都で、中国から見れば北朝鮮を併合しようと思えばできるのではないか、少なくとも台湾や沖縄をなんとかしようと考えるくらいなら北朝鮮に手を伸ばすことを考えても良さそうなのにそうしないのは、手間ばっかかかって得るものが少ないからでしょう。
後世から振り返れば、ここまで触れたように北朝鮮への移住などするべきではないとしか言いようがないわけですが、こちらも当時の世の中を体験しているわけではないですし、いろんな事情、意見、考え方があるのでしょう...。
じゃあ将来的な南北統一はどうなんだという話になりますが、これももう無理だろうなという感想しか出ません。国境(軍事境界線)ができて80年以上が過ぎ、国境を隔てて離れ離れになった親戚や知人がいるという人もだいぶ減ってきてしまいました。韓国の人々や企業にとって、併合した後の北朝鮮の領土を開発、発展させるだけの経済力、メリットが得られるかと言えば期待はできません。
社会主義とか計画経済とかいうものは、想定外のことに対してあまりにも脆弱ですよね。自然災害などのネガティブな想定外に対してはもちろん、何らかの技術革新や特需などのポジティブな想定外にも脆弱だと思います。
分配をする側(主に政府)に権限が集中して他は皆平等(良くも悪くも、表面的には)というのが社会主義なので、政府が一般市民に対して強すぎるし、結局それがいわゆる金王朝体制の確立に繋がっていきます。
地理的な要因と政治的な要因が悪魔合体して、北朝鮮はあんな感じの国家になってしまいました...。外国の勢力が金王朝の打倒を目論んだとしても、戦後復興の援助が全く割に合わないので結局やりません。北朝鮮国内でクーデターが起きる気配もないし、仮に起きたとしてもその首謀者たちに十分な政治力があるのか、なければ更なる情勢不安に繋がるだけなので外国の勢力がそれを唆すということもありません。このまま金王朝が続くのが国際社会にとってもマシであるという不都合な真実がそこにはあります。
なぜ第二次世界大戦後にあのような形で朝鮮半島を分割してしまったのか。どんな大国にも過疎地域はありますが、北朝鮮は過疎地域だけで国家を形成してしまったようなもので、あれではどうしようもありません。ある意味でイスラエル・パレスチナ問題のような、第二次世界大戦後にできてしまった解けないパズルが東アジアにもあるということを認識させられました。
その成り立ちからしてどうしようもなかった北朝鮮ですが、その当時は当然まだそんなことは分からないので、そのせいで犠牲になった人たちが沢山いたというお話が、丁寧な取材でボリュームたっぷりに書かれた1冊です。ぜひお読みください。


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